大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和62年(ネ)2015号 判決 1988年7月19日

控訴人 毛利待乳子こと 毛利マチ

右訴訟代理人弁護士 鈴木孝夫

被控訴人 馬淵建設株式会社

右代表者代表取締役 谷川直武

右訴訟代理人弁護士 板垣圭介

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実摘示中の「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

(訂正等)

1  原判決二枚目裏末行の「所有権」を削る。

2  同四枚目表末行の「所有権移転登記を」を「移転登記手続をして完全にこれを移転」に改める。

3  同四枚目裏二行目の及び六行目の「の実行」をそれぞれ「をして本件持分権の完全な移転をすること」に改め、同五行目の及び六行目の「所有権」をそれぞれ削り、同七行目、八行目の「損害賠償の予定額」を「違約金(損害賠償額の予定)」に改める。

4  同五枚目裏四行目の「原告」を「控訴人」に改める。

5  同六枚目表一行目の「国際興行」の次に「株式会社」を加える。

(当審における新たな主張)

1  控訴人

仮に本件売買契約が締結されたとしても、被控訴人は土木建築を営業目的とする株式会社であり、本件売買契約はその営業のために締結されたものであるところ、右契約に基づく登記請求権(以下、「本件登記請求権」という。)の履行期は、右契約によれば昭和四七年一二月二八日とされており、かつ、右売買の対象となった本件持分権を控訴人は所有していなかったのであるから、債権的請求権である本件登記請求権は、本件土地持分の引渡請求権と共に、その全部が右履行期の翌日から五年を経過した昭和五二年一二月二八日限り時効によって消滅した。

よって、控訴人は、右時効を援用する。

2  被控訴人

右時効の主張は争う。

右主張は、時機に遅れた攻撃防御方法であって、控訴人には右主張をしなかったことにつき重大な過失があり、しかもそれは訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されるべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

第一本件持分権の移転登記手続請求について

一  当裁判所も、本件売買契約は成立したものと認定する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決理由説示欄一に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七枚目裏四行目の「(」の次に「原審及び当審、」を加える。

2  同八枚目裏一〇行目の「会社も」の次に「同年九月一八日の控訴人との間の契約に基づき、」を加え、同末行の「取得するに至ったこと」を「取得することとしたこと(もっとも、そのうち共有持分権二一五分の二一八について、同社の代表取締役花崎久雄個人名義で所有権移転登記がなされたことにとどまった。)」に改める。

3  同九枚目裏二行目の「係る」の次に「東京国税不服審判所長の」を加える。

4  同一一枚目表二行目の「被告本人」の前に「原審及び当審における」を加え、二、三行の「易すく」を「前掲各証拠に照らし、たやすく」に改め、四行目の「(被告」から五行目の「いない。)」までを削る。

二  そこで、控訴人の時効の主張について判断する。

1  まず、被控訴人は、右は時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきである旨主張するが、本件訴訟の経過、事案の内容、その他本件訴訟に表れた一切の事情を考慮すると、右主張は、未だ民訴法一三九条に該当するものとはいえないから、被控訴人の右主張は、採用することができない。

2  そして、付加、訂正、削除のうえ引用した前記一認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件売買契約は、被控訴人の営業のためになされたものであり、右契約の履行期は、昭和四七年一二月二八日とされていたこと、控訴人は、当時、本件売買契約の対象となる本件持分権を所有していなかったことが認められる。そうすると、本件登記請求権は、本件売買契約に基づく債権的請求権にすぎないのであるから、商法五二二条に従い、右履行期の翌日から五年後の昭和五二年一二月二八日の経過により、時効によって消滅したものといわざるを得ないところ、控訴人が昭和六二年一〇月二〇日の当審第二回口頭弁論期日において右時効を援用していることは記録上明らかである。よって、控訴人の右主張は理由がある。

三  そうすると、被控訴人の本件持分権の移転登記手続を求める請求は理由がない。

第二本件売買契約解除の場合の特約による違約金(損害賠償額の予定)の請求について

一  前記第一の一で認定した事実によれば、控訴人は、本件売買契約に基づき、他から本件土地の持分権を取得したうえ、移転登記手続をして、被控訴人に対し完全にこれを移転すべき義務があるものと言うべきである。

ところで、右認定により成立を認めた本件売買契約においては、請求原因1の(五)記載の違約金の約定があったものであるところ、本件持分権の移転登記手続の履行期が本件売買契約締結の日と同一の昭和四七年一二月二八日とされていた(請求原因1の(三))こと及び違約金の金額に照らすと、右違約金の定めは、控訴人に関しては右の義務の履行遅滞による損害賠償額の予定を定めたものではなく(そうでないとすると、控訴人は、右契約締結日に他から持分権を取得して被控訴人に移転しないかぎり、直ちに遅滞に陥り多額の違約金を支払わなければならないこととなり、あまりにも控訴人に苛酷である。)、右の義務が履行不能となった場合に解除を条件としてその履行に代わる損害賠償(填補賠償)を請求しうること及びその額の予定を定めたものと解するのが相当であるが、右損害賠償請求権は、前記被控訴人の控訴人に対する本来の債権、すなわち他から本件土地の持分権を取得したうえ、移転登記手続をして完全にこれを被控訴人に移転すべきことを求めうる債権と同一性を有する権利であって単にその目的を変えたものにすぎないというべきであるから、右の本来の債権が時効により起算日に遡って消滅したときは、右損害賠償請求権も発生しないことになるものと解すべきである(大審院大正八年一〇月二九日判決、民録二五輯一八五四頁参照)。これを本件についてみると、本件登記請求権が時効により消滅し控訴人がこれを援用していることは前記第一の二において判断したとおりであり、本件売買契約に基づき控訴人に対し他から本件土地の持分権を取得してこれを被控訴人に移転することを求めうる被控訴人の債権についても、前記第一の二の本件登記請求権についての時効消滅の判断において説示したと同様の理由により、昭和五二年一二月二八日の経過によって時効により消滅したものというべきであり、この時効についても控訴人が当審第二回口頭弁論期日においてこれを援用していることは、本件記録上明らかである。したがって、右の本来の債権がいずれも時効により起算日に遡って消滅している以上、右違約金の定めによる損害賠償請求権についても、発生しないこととなるものというべきである(なお、付言するに、右の本来の債権が時効期間の満了前に履行不能となったときは、右債権は損害賠償請求権に転化し、本来の債権の時効消滅の問題は生じないことになる筋合いであるが、被控訴人が本訴を提起した昭和五九年二月二三日まで控訴人に対し右の本来の債権の履行を請求したことも、また控訴人が本件土地の持分を他から取得する努力をしたこともこれを認めるに足りる証拠はなく、更に被控訴人は当審の口頭弁論終結に至るまで本来の債権の一部である本件登記請求権を履行可能であるとしてその履行を請求し続け、条件付きで解除の意思表示をしているにすぎないことに照らすと、少なくとも前記時効期間の満了時までには、取引観念上右の本来の債権は履行不能に陥っていなかったものというべきである。)。

二  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本件売買契約の解除の場合の特約による違約金の請求は、理由がない。

第三結論

よって、被控訴人の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものであり、これと異なる原判決を取り消して被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例